めぐカコの「麻丘めぐみアルバム」

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zoom RSS 麻丘めぐみ 「ラストコンサート」前夜〜『スター千一夜』

<<   作成日時 : 2007/11/18 04:27   >>

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1977年11月18日、この日は麻丘めぐみさんのファン
にとって忘れる事のできない特別な日でした。


麻丘めぐみさんの5年間の歌手生活を引退された
『ラストコンサート』の日でした。


その『ラストコンサート』の前夜、
めぐみさんは、最後のテレビ出演として
『スター千一夜』にご出演になりました。

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『芽ばえ』を歌われているめぐみさんを
ひと目見たときからファンとなり、
私の青春には、常に麻丘めぐみさんの存在がありました。


当時
共に喜び、共に悲しんで
5年間の青春を歩んでいました。



1977年6月27日。
突然、めぐみさんの結婚引退の報道が入ってきました。


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私の頭の中は、真っ白になってしまい
とまどっていました。


この日から、私の心の中に「カウントダウン」が始まりました。



私は、急速に、めぐみさんへの気持ちが高まってきました。




とにかく残された日数、極力、
めぐみさんの出演されるテレビ番組を見て
サイン会、ミニコンサートへ出かける事にしました。





この時期、めぐみさんは、幻のシングルと言われている『街角』をよく歌われていました。

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『街角』







また、1977年10月5日最後のシングル『ねえ』も、発売されました。


『ねえ』






無情にも進んでいく「カウントダウン」に
向かって、私はめぐみさんの最後の姿を
1秒でも長く見ていたい気持ちで、出演
されているステージに出かけました。





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また、長崎の平戸での最後の「ファンの集い」にも参加して、
身近にめぐみさんにお会いしてますますめぐみさん
が好きになってきました。



めぐみさんへの気持ちが高まる事は、
やがてやって来る「永遠の別れ」を
つらくするだけのことだと解っていました。


しかし、心というものは、理屈では割り切れるものではありませんでした。
私にとって、あっという間の5ヶ月が経ってしまいました。
(「日劇」で休養されていた5ヶ月は、あんなに長く感じたのに。。。)






そして、
昭和52年11月17日、『ラストコンサート』前夜。


私の青春の「カウントダウン」も
とうとう最後の1日となっていました。


めぐみさんの引退前夜
最後のテレビ出演が
関口宏さん司会の『スター千一夜』でした。

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関口宏さんの
「懐かしい『わたしの彼は左きき』というこの歌声
残念ながら明日を最後にわれわれの前から消えてしまいます。
明日が『ラストコンサート』。
この番組も、今日で最後になってしまいます。」
という言葉で始まりました。


芸能界にデビューされたのが2才のとき、
この時のめぐみさんは22才でした。

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関口宏さん
「20年やっているんだよねえ。
長かったねえ。」

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めぐみさん
「でも、とっても仕事は恵まれていました。
何をしても上手くいき、ラッキーで
すごく、みなさんに感謝しています。」
と、幸せそうな笑顔いっぱいでお話されました。

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番組では、友人を代表として、
小柳ルミ子さんと南沙織さんが、花束を持って
お祝いに来てくださいました。


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お二人の話から、
めぐみさんの引退への決心の固さが
感じられました。

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南沙織さんも、寂しくなる想いを
お話してくださいました。





お母さんからも、
声のメッセージが届きました。

20年間の芸能生活へのねぎらいの気持ち。

立派に成長した娘の新たなる人生への旅立ちを
母親の愛情いっぱいでお話されました。


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めぐみさんは、目に涙を浮かべてお母さんに

「これからも、よろしく。
もう、わからないことばっかりだから
いろんな人にいろんな事を聞きながら
一所懸命やっていきます。」

と話されて番組は終了しました。


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この番組を最後にめぐみさんは、テレビから姿を
消す事になりました。


しかし、番組の中で終始、めぐみさんの幸せいっぱいの笑顔が
映し出され、ファンの私も、「これでいいのだ。」
と自分に納得をさせました。

あとは、悔いの残らない様に、
翌日の『ラストコンサート』で
めぐみさんを精一杯応援して見送ろうと
決心しました。


なかなか寝付けられない最後の晩でした。


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                        1977年11月18日『ラストコンサート』より


【参考】

『平戸ツアー』
http://doqpops.at.webry.info/200708/article_4.html

『ラストコンサート』
http://doqpops.at.webry.info/200604/article_6.html




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コメント(23件)

内 容 ニックネーム/日時
麻丘さんは
ほんとに友人との信頼関係が
熱いと同時に純で色んな壁が
あったけどこの引退も迷いが
ない、思い残すものはない
ということを感じましたね。
麻丘さんは3歳から舞台に立っていた
わけですからすでに当時で20年、
やりきったという気持ちだったでしょう。
麻丘さんの涙は印象に残りますね。
このスター千一夜から1年後の1978年11月に
私は生まれたので運命的なのも感じます。
一条輝
2007/11/18 08:29
一条輝さん、コメントありがとうございます。
当時、ファンとしては、1秒でも長くめぐみさん
の姿を見ていたい。
という気持ちで一杯でしたが、この日のめぐみさん
は、終始満面の笑顔で、こんな幸せそうなめぐみさん
の表情見たことがないなあ。と感じられました。
ここで引退されるのがめぐみさんにとって、一番幸せ
なんだと思われる番組でした。




めぐカコ
2007/11/18 09:12
スター千一夜に出演されていたなんて知りませんでした。テレビ番組には注意していたはずなのに、かなり見逃していたことを今になって知りました。
ラストコンサートの笑顔のめぐみさんは本当に輝いているように見えました。ショートカットで、ショートパンツ姿のめぐみさんが今でも思い出されます。
TJR10
2007/11/18 09:51
TJR10さん、ありがとうございます。
『ラストコンサート』前日、1日中そわそわして、
頭の中が、翌日のコンサートの事で頭が一杯に
なっていたとき、偶然、新聞のテレビ欄の「スター
千一夜」にめぐみさんの名前を発見したのを覚えて
います。慌てて、録画予約しました。
めぐみさんの笑顔が印象的でした。
めぐカコ
2007/11/18 21:21
えっ、録画されていたのですか。
調べてみたら、VHSのホームビデオが登場したのは1976年10月
だっのですね。当時は、録画など考えたこともありませんでした。
めぐカコさんのお陰で、貴重な映像を見ることができました。
関口浩さんもお若いですね。改めて30年の時の隔たりを感じました。
私は、「ラストコンサート」の1週間前に予行演習として郵便貯金会館
に当日と同じ時間に行きました。私も頭が一杯で、テレビ欄を見ていな
かったのです。
TJR10
2007/11/18 22:25
なんとか、見ることが可能なぐらいの映像
ですが、めぐみさんの引退前のもの数件だけ
残っています。
懐かしいですねえ。
めぐカコ
2007/11/18 22:35
めぐみさん、幸せそうなお顔ですね。私、このときは見ていなかったのですが本当に幸せそうないい顔されてます。めぐカコさん、貴重な映像有難うございます。
くま
2007/11/19 23:10
いつもながら、めぐカコさん、驚きました。77年に「録画予約」などまだ一般的には使用されていない表現ですよ。大変貴重な映像をお持ちなのですね。すばらしいです。第一、ラストコンサ−トの前日にめぐみさんが「スタ−千一夜」に出演されていたなんて、このブログを拝見するまで私は知りませんでした。それとも、観ていたのに忘れていたのかな?
この時期のめぐみさんの美しさは筆舌に尽くしがたいです。幸せであることが心の底からにじみ出ていると言うんでしょうか、22才の若さと年齢相応の落ち着きと・・・・今の平均的22才の女性と比較することが無意味であることは承知で比較すると、大人だなあとつくづく感じます。
あれから30年なんですね。
嶺上開花
2007/11/20 02:03
くまさん、コメントありがとうございます。
めぐみさんのこの表情を見ると、ファン
としては、納得せざるを得ませんでしょう。
この頃のめぐみさん、本当に幸せだったんだと
思います。
めぐカコ
2007/11/20 05:48
嶺上開花さん、コメントありがとうございます。
私も、この「スター千一夜」ほぼ偶然に見ること
ができたという感じでした。
当時のめぐみさんのテレビ出演最後の姿を
ご覧になっていなかったファンの方に見て
いただこうと、今回載せました。
30年経ちましたが、まだ昨日の事の様です。
めぐカコ
2007/11/20 05:56
めぐカコさん、懐かしいめぐみさんの引退前のたくさんのお写真、
エピソードなどの掲載、本当にありがとうございます。
「スター千一夜」は残念な事に観れませんでした。
(親戚の不幸で家族で外出)、とても心残りで、後日、テレビを観た友人に聞きました。今回、めぐカコさんのお陰で観る事が出来て、感謝します。
めぐみさんの幸せそうな笑顔がとても素敵ですね。
柴恭
2007/11/21 14:28
柴恭さん、コメントありがとうございます。
今回のテーマーで多くのファンの方から
めぐみさんのコメントをいただき、30年
前のめぐみさんの引退のときの思い出を
お持ちいただいている事をひしひしと感じ
ました。
ファンとしてこれからも11月18日は忘れえぬ
日として、心の中で大切に守っていきたいと
思います。
めぐカコ
2007/11/21 21:45
「スター千一夜」懐かしいですね。
この時間はなかなか見ることはできませんでした。
初めて前日に出演していることを知りました。
内容を知ることができました、ありがとうございます。

ベストアルバムのCDを毎回違ったテレビ映像付きで
発売すれば、コンスタントに売れると思うのですが。
この時代にビデオを持っているなんてすごいですね。
我が家にビデオがきたのは82年頃です。
めぐカコさんはベータマックスだったのですか。
画像はソニーの方がよかったですから。

ところで、アルバムCD復刻化はまだまだ未定のようですね。
ラストコンサートの音源はひょっとして
廃棄されている可能性が大きいようです。
岩崎宏美のライブ盤の未収曲は
見つからなかったらしいからです。
その点、ソニーは保管がすごいですね。
兎に角、アルバム紙ジャケットCD復刻化
目指してがんばりましょう。

Marco Polo
2007/11/23 18:13
Marco Poloさん、コメントありがとうございます。
ベストアルバムを毎回違ったテレビ映像つきに
するなんて、さすがMarco Poloさんですね。
「ラストコンサート」の音源が残っていない
かも?
残されています様に。。。お祈りします。
めぐカコ
2007/11/23 22:26
アイドル当時の映像を個人で、しかもリアルタイムに録画されてるなんて凄いの一言です。
当時はまだ家庭用ビデオも発売されて無かったと思っていました。
「凄い」の一言に尽きます。
そしてめぐカコさん。
本当に貴重な映像をありがとうございました。

ところで大晦日の「大晦日!俺たちのウラ紅白」行かれないのですか?
元旦に家を空けるのは確かに家族から大ブーイングを受けそうですが、朝の8時には関西や伊丹に付く飛行機が有りますから家族の付き合いをそれでごまかして行こうかどうか思案中です。
かん
2007/11/24 12:01
かんさん、コメントありがとうございます。
めぐみさんのファンにとっては、とても
思い出深い映像だと思い掲載させていただき
ましたが、ファンの方に喜んでいただけて
とてもうれしいです。
「大晦日!俺たちのウラ紅白」は、何よりも
行きたい気持ちでいっぱいなのですが、さすが
に、大晦日は、家を留守にするのは許してもら
えません。
残念ながら、今回は参加できません。
参加される方、是非、後で教えてください。
めぐカコ
2007/11/24 18:27
はじめまして。めぐみさんがデビューした当時からのファンです。このサイト今日初めて訪問致しました。当時は、まだ小学生でした少ないこずかいからレコードや雑誌を買ったりしてました。余り高いのは、買えず、今となっては、後悔ばかり(T_T)。数少ない雑誌の切り抜き、今でも大切に保管してます。話題がそれましたねm(__)m。スター千一夜今でも覚えていますテレビで見るの最後で泣きながら見てました。しかし、翌年、かくし芸大会にローラースケートで踊っている姿が有りました。もちろん録画ですがね。来年三月迄と言わずにずっと残して欲しいです
カズ
2007/11/26 11:40
カズさん、コメントありがとうございます。
カズさんの様にずっとファンでいてくださった
仲間がおられたのを聞くと、とてもうれしい
です。
私も、めぐみさんのファンになってからは、
少しでも、めぐみさんの事が知りたくて
雑誌の切り抜きを集めました。
テレビも、見逃さない様にと必死で
テレビ番組表をチェックしていました。
今でも、テレビでめぐみさんにお会い
することができるのが夢の様に幸せです。
これからも、一緒に応援していきましょう。
このブログも、続けたいのですが、資料に
も限りがありますので、密度の濃いい内容
を提供できるまでとしたいと思います。
めぐカコ
2007/11/26 23:03
もしもタイムマシンがあったら日劇の事故の当日に駆けつけて・・・と考えることがありました。でも歴史が少し変わっただけでめぐみさんは最愛の娘さんの存在した世界を失うかもしれないとしたらきっとアナザーワールドを臨まない気がします。そんな芯の強さが魅力かもしれません。悲劇的なことを少しでも前向きにとらえようと一般的によく言われるように石坂浩二さんが「天」という表現をして慰めていましたがある人は「宿業」「星」という思想を語ります。人間魚雷の「回天」の生き残りのおじいさんが話してくれたんですが自分のひとつ前の機で逝ってしまった友には「たとえ海の藻屑になっても、幽霊になっても守りたい女(人)」がいたそうです。もしもあの時変わってあげたら・・・二人は幸せになれたんだろうか・・・と何十年も考え続けているとやっぱりみんな同じ様な「天」とか「宿業」のような言葉で慰めるのでそうした思想、概念の発想がいつから歴史にでてくるのか考古学を勉強したら「大抵はビジネスに応用できるインドのウパニシャッドやマヌ経典までさかのぼるかもしれないけれど本当はもっと古い古代バベルの支配者が民衆をマインドコントロールするための詭弁が起源(ユダヤ古代史 ヨセフス)と突き止めたそうで(政治がもたらす貧富の差や不公正を当人の責任に転化するには都合の良い理屈だった。)・・・・その話を聞いてから結局は「めぐみさんに事故にあわなければならない理由はなかった。」というのが事実と教えられました。その後おじいさんは友の遺品を残された女性に届けようと努力するんですが・・・広島だったんです。彼女のいた場所が・・・。二人をどうしたら幸せに出来たのかおじいさんも私と同じ心のタイムマシンに乗って旅をしていたんです。悪いのは戦争や原爆を許した世界であって「断じてあの二人ではない。」というのがおじいさんの結論でした。
ぜっと
2010/10/14 10:31
いつかTVで有名な宗教家として成功しているおばあさんとめぐみさんの対談がありました。あたかもめぐみさんに原因があるかのような今でいう「上から目線」でしたが「回天」のおじいさんのいうとおりだったと感じます。カンボジアで地雷を踏んでしまった人、北朝鮮で捨てられ足の指が全部凍傷で落ちでしまった「コッチェビ」とよばれる子どもたち。モンゴルのマンホールの下で生活しているホームレスになってしまった子どもたち。ガンジーはヒンズー教徒でありながらこのバベル生まれの哲学が大嫌いでした。むしろめぐみさんは「順調なときもそうでないときも・・・ひたすら」一生懸命でした。私も負けませんよ。
ぜっと
2010/10/14 10:57
ぜっとさん、コメントありがとうございます。
わたしが、めぐみさんの絶対的なファンとなったのは、
おそらく日劇の悲劇のあとの半年間だったと思います。
めぐみさんに半年会えない辛さを知って、初めて
めぐみさんの存在の大きさを感じました。

めぐみさんにとっても、この半年は、大きなターニング
ポイントになったのは間違いないと思います。

でも、現在のめぐみさんを見ていると、必ずマイナス面
だけだったとは感じられないのが、めぐみさんの偉大さ
ですね。
それだけ一生懸命に生きてこられたのですね。
めぐカコ
2010/10/17 23:14
めぐカコさん。「回天」のおじいさんの正直で真剣な努力をバカにしないでくださってありがとうございました。あなたの心のどこかにしまっておいてください。きっと役に立つ日が来ます。
ぜっと
2010/10/23 23:00
めぐみさんがアイドル時代、あのかわいらしさ
美しさ、品格のよさ、どう見てもファンになって
当然の魅力を外面的にお持ちでした。

そして、いま尚、当時のファンがめぐみさんを
応援し続けておられるのは、そういった外面的
な面だけでなく、何事にも、一生懸命な内面的
な心や考えの素晴らしさに共感されている方が
多いからだと思います。

今さらながら、めぐみさんのファンになっていて
良かったと実感します。
めぐカコ
2010/10/23 23:38

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